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2017年1月 2日 (月)

吟水 戦争を語る Ⅲ

●BGM https://www.youtube.com/watch?v=TJ_t3_9kWVk

先般、安倍首相は真珠湾を訪れた際、真珠湾攻撃に対する直接的な謝罪はしませんでしたね。・・・当然です。

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太平洋戦争を仕掛けたのは米国ですから。皆さんご存知の通り、真珠湾攻撃は奇襲ではありません。日本は事前に宣戦布告していたのですから。 其れを戦争に持ち込む為に意図的に握り潰したのは米国側です。 日本は最後の最後まで、戦争を回避する努力を怠りませんでした。 日本に依る戦争回避の全ての術を握り潰したのは米国です。 切っ掛けは 『 ハル・ノート 』。 

■ハル・ノート:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88

アングロサクソンはいつでもそうです。米国は、我が日本に奴隷となる事を突きつけたのです。ABCD包囲網に依り日本が此処で屈しては、もはや世界の平和は成りませんでした。 白人絶対至上主義の時代において、此の侭なら亜細亜の民は植民地支配され、痩せ干せるのみ! 

その時、亜細亜で唯一、独立国として西欧列強と戦える気概と力を持った亜細亜に燦然と輝く我が大日本帝国は遂に起ち上がりました。 日本の伝統、文化、歴史を護る為。大和民族の誇りを護る為、故郷を護る為、愛する人を護る為。 亜細亜開放の為。

1941年12月8日 それが真珠湾攻撃です。

この神州がさざれ石となり、アングロサクソンに立ち向かった日。・・・壮絶なる敗北という結末と、東南亜細亜開放の未来が待つ空へ。

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そして思いもよらぬ日本の総攻撃に恐怖し、遂には原子爆弾まで使用したのも米国。この日本を一番恐れたのは、戦争を仕掛けた米国でした。

・・・こうして我が帝国は、自らを途方も無い犠牲にし、亜細亜を開放しました。

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終戦。

昭和天皇は、マッカーサー元帥の元を訪れます。マッカーサーは、昭和天皇が命乞いに来たのかと思ったそうですが、その時昭和天皇はマッカーサーにこう言います。

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「私は国民が戦争遂行にあたって、政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の採決にゆだねるため、あなたをお訪ねした」

マッカーサーは、この言葉に、昭和天皇が自らの命と引き換えに国民を守ろうと言う気概に、第一級の紳士である事に感動し、そして、こうした天皇を断罪するならば、再び日本国民は決起するだろう事を恐れたのです。

もしかしたら皆さん、昭和天皇が居なければ今頃、日本の公用語は英語。車は右側を走っていたかもしれませんよ。・・・そうした危機は、明治維新にもありました。明治維新の時、実は世界の先進国に追いつく為に、いっその事、公用語を英語にしてしまおうとする流れが現実にあったのです。

その流れを止めたのが 『 国粋主義 』 です。 

■国粋主義:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%B2%8B%E4%B8%BB%E7%BE%A9

私は戦争を賛美する者ではありません。しかしながら、平和を勝ち取る為に、起ち上がるべき時に戦う事。 すべては愛するものを護る為の気概。 それを古来、我々大和民族は世界に示してきたではありませんか。

●BGM https://www.youtube.com/watch?v=ZY5J03EDe9k

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